2024年11月9日
心の草を刈れ

ようやく秋の気配が感じられるようになりました。
暑い間は雑草が大変でしたね。と
ころで
かつて私の上司が好んで使っていた言葉に
「心の草を刈れ」というのがありました。
草刈りあとを見ると、
刈った人の心の状態がわかるとよく言われたものです。
手を抜いて草刈りすると、
機械を使っていても刈り残した草があちこちに残って、
その人の未熟さが分かるということです。
だから草を刈りながら自分の心の草も刈りなさい、
という意味ですね。
確かに明言です。
でも心の草を刈り切るのは難しいです。
刈るどころか、
刈った尻から雑念妄念の草がどんどん生えてきて、
終わらせることは無理だと思います。
雑念妄念の心は、
仏教では煩悩と言われるものです。
いくら草を刈っても、
結局煩悩の草まみれになって
自分で自分を見失っているのが私たちです
阿弥陀さまは、
そんな私たちだからこそ
「必ず救う」とはたらいてくださいます。
私たちの煩悩を全く問題にすることなく、
私のそのままを包みとり救いとってくださいます。
その大きなお慈悲の心につつまれたとき、
自分の本当の姿を知らされ、
今という時の大切さ、命の大切さを知らされ、
阿弥陀さまとともに歩むありがたさを
知らされるのではないでしょうか。
まもなく報恩講法要です。
報恩講とは宗祖親鸞聖人のご命日を前に、
阿弥陀さまの救い、
浄土真宗のみ教えを明かにお示しくださった聖人をしのび、
そのご恩に感謝するとともに、
私にいま届いてくださる仏法に深く触れ、
今を生きている喜びを新たにするために
お勤めするものです。
報恩講の前には、
掃除をしてお仏具を磨き、
お華を立て、お供物を供えて準備をします。
そして仏さまをお敬いする心の準備もいたします。
何よりも私を大切に思ってくださる仏さまに感謝し、
み教えをお示しくださった
親鸞聖人に感謝いたしましょう。
