苦悩の有情をすてずして

今年もいよいよ12月。
いろんなことがありましたが、
やはり悩みは尽きませんね。
ところで先日、
「こちらのお寺で祈祷はしていただけますか?」って
電話がかかってきました。
「えっ、何かお悩みでもあるんですか?」と聞き返しました。
浄土真宗の寺院では、
祈祷やまじないなど全くご用がありません。
お守りやお札もあつかっていませんしね。
でも「やりません」とお応えはしませんでした。
きっと相当お悩みのことがあるのではないかと思って
おたずねしたのです。
悩んで悩んで手に負えないと、
何かにすがりたいと思うのは自然な思いです。
そして考えれば考えるほど、
悩みは大きくのしかかってくるのはないでしょうか。
でもこの悩みの原因は、
どこか他にあるのではなく
自分の心、煩悩にあるのだと、
お釈迦さまはお教えくださいました。
より多くを得たいし失いたくない。
他者との比較、腹立ち、劣等感。
大切な人との別れ。
老病死の恐怖・・・
様々な物・事にとらわれ、
執着してしまう我執、煩悩が悩みの原因なのだと
仏教は教えるのです。
でもその煩悩を断つことは、とてもできません。
あの電話で、
相手の悩みを聞けたとしても、
おそらく私の手にも負えないでしょう。
私もまた煩悩の身だからです。
ご本尊、阿弥陀如来さまは、
そのような煩悩にまみれの私たちを、
何よりものお目当てとされ、
必ず救うとはたらいてくださっています。
そのはたらきは、
光となって私の心身に常に充ち満ちてくだいます。
「その悩みを私にまかせて、安心してこの人生を歩みなさい」と
私の口から
「ナモアミダブツ」のお念仏となって出てくださり、
共に歩み、お護りくださいます。
だからお念仏一つでOK!
お守りもお札も要らないのです。
実はこの電話は、
悩む人に祈祷などを斡旋する業者でした。
悩みの原因を自分の外に探すのではなく、
正しく見つめ、お念仏の人生を歩ませていただきましょう。
そのためにも、来たる年は
月に一度はお寺にお参りいたしましょう。
