2026年2月1日
如来、世に出興したまう所以は ただ弥陀の本願海を説かんがためなりけり

ある早朝テレビをつけると
真冬の日本海の漁村を記録した
昭和56年の番組が再放送されていました。
冬の厳しさや苦労の中に、
人々が懸命に生きている様子が記録されていました。
いまでは当時よりもずっと便利な世の中になっていますが、
どれだけ便利で楽になっても、
人生の迷い、生き死にの悲しみや苦しみは
決してなくならないのだと思いました。
お釈迦さまは、
生死の苦悩、迷いから逃れられない私たちが、
心安らかに生き抜く道、
阿弥陀如来の本願のはたらきにおまかせする道を
お教えくださいました。
苦悩する私たちを
どんなことがあっても捨てず、
必ず救うという仏さまが阿弥陀如来です。
阿弥陀さまのこの願いを本願といいます。
阿弥陀さまはその本願のはたらきを
「南無阿弥陀仏」のお念仏一つに
込めてくださいました。
阿弥陀さまは
私の称える南無阿弥陀仏という言葉となって、
いつでもどこでも私とご一緒くださり
「必ず救う」とお護りくださるのです。
タイトルのお言葉は
親鸞聖人が書かれた『正信偈』の一節です。
お釈迦さまが
この世にお生まれになった最大の目的は、
すべての人々を漏らさず救うという
阿弥陀さまの本願の言葉「南無阿弥陀仏」を
説かれることであったと、
親鸞聖人は正信偈でお讚えになられたのです。
浄土真宗や寺院を取り巻く状況も、
時と共に大きく変化し、
次の世代にこのみ教えが伝わりづらくなっている現状があります。
ですがこれからの不透明で困難な時代こそ、
時を超えて確かなよりどころを示す
浄土真宗のみ教えが必要とされています。
老若男女を問わず
お聴聞にお越しいただきたいと切に願っています。
ぜひお一人でも多くの皆様でお寺にお参りください。
