苦しいことがあるから、喜びがある

最近は朝から晩までコロナ、コロナで
今まで当たり前にできていたことが
できないという不自由さや苦しみでいっぱいです。
でもその不自由さが解消されたなら
きっとみんな大喜びでしょう。
しかし、その喜びは束の間、
すぐに当たり前になって、
しばらくするとまた別の波がやってくるんだとおもいます。

でも本当は、苦しみの中にこそ、
気づきがあるのではないでしょうか。
コロナのことなら
病気の苦しみのほか、思い通りにならない苦しみ。
他人を傷つける苦しみ、傷つけられる苦しみもあります。
そしてその苦しみの中から
自分中心の思いから離れることのできない
赤裸々な自分の姿を見ることができます。

でもそんな私だからこそ
仏さまのはたらきが注がれているのです。

宗祖親鸞聖人が
気づいてくださった阿弥陀さまのはたらき
それは私の方からお願いするまでもなく
仏さまの方から「おまえを救う」と
一方的にはたらいてくださっていることを
明らかにされたみ教えです。

私たちはみんな等しく
阿弥陀さまの光に照らされているのですが
私たちの目にはみえないので
気付くことができないのです。
でもそれを明らかにしてくださったのが、親鸞聖人だったのです。

苦しみの向こうにある、束の間でおわることのない本当の喜びは、
私が阿弥陀さまに出あえた喜びです。
阿弥陀さまが、いつも私と一緒にいてくださる喜び
この喜びは命終わるまでずっと続く喜びです。

私の苦しみを見つめるとともに
いつも私を包み
支えてくださる阿弥陀さまをおもわせていただいて
お念仏の毎日を過ごさせていただきましょう。

南无阿弥陀仏

写真は先日、お参りした西本願寺です。コロナの影響と猛暑で参詣者は少なかったです。
常例布教もなくて、やはりさみしかったですね。
早くもどることを願うばかりです。

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