2022年4月29日
わかきとき、仏法はたしなめ

私は毎年春に、ある専門学校の非常勤講師をしています。
新入生にコミュニケーションの講義をするのですが
班別の話合いで「私の大切なもの」について討議をしてもらいます。
すると彼らの大切なものは
愛、健康、お金と続き・・・信仰がいつも最下位になります。
愛とは
家族や恋人、友人への愛です。
つまり私を支えてくれる人が大切なのです。
また健康は
命を表すのだと思います。
18才の若者でも
自身の支えと自身の命が、何よりも大切だと口を揃えて言うのです。
大切なものは、失うのも苦しいものです。
考えたくもないでしょうが
失う時は年齢に関係なく必ずやって来ます。
そして逃れることも決してできません。
苦しみに直面して、はじめて慌てふためくのではないでしょうか。
この人生の苦しみから逃れられない私たちを
阿弥陀如来さまは「必ず救う。われにまかせよ」とはたらいてくださいます。
阿弥陀さまは
いつ如何なるときでも私を支えてくださり
死ぬのではなくお浄土に生まれるのだよ。安心せよ
と私に願ってくださっています。
蓮如上人御一代記聞書には
「わかきとき、仏法はたしなめと候。
としよれば行歩もかなはず、ねぶたくもあるなり」
という言葉が残っています。
大きな苦しみのときに
「信仰」がはじめて大切になるのかも知れません。
でもそうなる前から
たった一度の人生をどのように生きるのか。
仏法を聴聞し
仏さまへの感謝とともに
毎日を過ごさせていただくことが
お年寄りだけでなく若いときこそ大切ですよ!
と、言いたいです。
