ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし

京都の夏の風物詩、祇園祭の山鉾巡行がおわりました。
祇園祭は疫病払いが起源だそうです。
昔も今も、
元気に安全に過ごせるようにということが、
自然な共通する思いであることはかわりません。
病気や災難に遭わないこと、
経済的に安定することや、
みんなが仲よく暮していくことは大切です。
そのために毎日努力をしていると言えます。
ですがどんなに努力しても、
病気や災難にあわないとは言えません。
ときには経済的に苦しくもなります。
また家族でも思いがぶつかり、
関係が引き裂かれてしまうこともあります。
皆の思いはまちまちで思い通りにはならず、
お釈迦さまの仰る通り、
生老病死の苦しみの中にあるのが私の人生です。
「ただ念仏して、弥陀にたすけられよ」(歎異抄第二条 意訳)
このお言葉は、
親鸞聖人のお師匠様の法然聖人が、
入門当時の親鸞さまに申されたお言葉だそうです。
阿弥陀さまは、
人生の苦しみの中にある私を「救わずにはいられない」と
はたらいてくださいます。
阿弥陀さまは私の口から
「ナモアミダブツ」のお念仏の声となって
でてくださいます。
ですので
私はいつでもどこでも、
救いのはたらきのど真ん中なのです。
阿弥陀さまは、
私の人生を支え導き、
私を必ず浄土の仏と生まれさせる、と
はたらいてくださっているのです。
私たちは、
健康や安全を心の支えとして生きていますが、
阿弥陀さまはそれも否定されることなく
「われにまかせよ。必ず救う。わが名を呼んでくれよ」と
願い、はたらいてくださいます。
「ただ念仏して」とは、
その阿弥陀さまのはたらきにすべてをおまかせして
「ナモアミダブツ」のお念仏を
私の心の支えとすることです。
つまり私たちの人生の目的は、
阿弥陀さまに導かれ人生を生き抜き、
浄土の仏とならせていただくことですと、
親鸞聖人はお教えくださっているのです。
暑い日が続きますが、
お念仏申すことを私の心の支えとして、
明るく力強く、人生を歩ませていただきましょう。
