後世をしるを智者とすといへり

それ、八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。
たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。
蓮如上人 「御文章 八万の法蔵章」
今から十数年前、住職とならせていただきました。
それまで仏教を専門的に学んでいなかったので、勉強したいと思っていました。
そこで龍谷大学でほぼ週一回開講されていた「宗学院別科」という
僧侶向けの学習コースを受講しました。
なかなか難しかったですが三年続けて、その間に多くの友人ができました。
そして彼らの多くが本願寺派の布教使を目指していました。
それがきっかけで私も布教使を目指そうと思い、そこから長い道のりが始まりました。
布教使コースを受講し始めたのが今から六年前。
何度も試験に落ちて、ようやくこの春に、本願寺派布教使を拝命させていただきました。
上のお言葉は蓮如上人のご文章です。
意訳すると
「仏教の知識をたくさん知っていても信心のない人は愚か者です。
たとえ仏教の知識を知らない普通の人でも、信心のある人は智慧のある人です」となります。
私は仏教書を読み、講義を受け、浄土真宗を知ろう、理解しようとしていました。
でも不合格のたびに知らされたことは、
私の理解がどうであろうが、そんなことには関係なく、
いつも私を包んでくださる阿弥陀さまのおはたらきでした。
この私に届いてくださる阿弥陀さまの確かなお救いを、
毎回お味わいさせていただきました。
同時にどうしようもない愚者である私こそが
阿弥陀さまのお目当てであったと知らされました。
長い時間がかかりましたが、
これも阿弥陀さまの大きなお育てでありましたと、ありがたくいただいています。
法話は「お取り次ぎ」と言われます。
阿弥陀さまの救いのよろこび、信心のよろこびをお取り次ぎするのが布教使の役目です。
これからが勉強の始まりです。
南無阿弥陀仏
