澍法雨(じゅほうう)

「芝生が緑色になってきました!」
つい先日、職場の職員が、私にそう教えてくれました。

私の職場には甲子園球場グラウンドの二倍近い広さの芝生広場があります。
その芝生広場は、三月の今ごろは冬枯れの薄茶色い地面です。
しかし今年は、
そう言われて見てみると、ところどころ明るい緑色になっています。
毎年なら四月になってから緑色になりますが、
今年の三月はかなり暖かく、すでに新芽が出てきたようです。

でも暖かいだけでは新芽は出ません。
ちょうどこのところ雨も多く、植物の生長が進んだようです。
植物の命が動き出すこの時期に、うまい具合に雨も多く、
自然のはたらきの巧みさが感じられます。

仏説無量寿経に「法雨を澍(そそ)ぐ」とあります。
お釈迦様がご説法された様子を
「雨が降って樹木を潤すよう」であると示されています。
「澍」という字を日ごろ見ることはあまりありませんが、
調べると「ほどよいときに降る雨」という意味だそうです。

阿弥陀さまのお慈悲は、いつもいつも私たちに降り注がれています。
ですが私にとってちょうどいいときに
成長のための雨を感じることができるのかも知れません。

雨降りの日は「お足下の悪い中」などといわれるように、
あまり都合のいい日とは言われません。
私たちの人生も都合のいい日は少なく、都合の悪い日の方が多いかも知れません。
でも私にとって都合の悪いその日こそ、真実の私の姿を知らされる時であり、
阿弥陀さまのお慈悲の雨の中にいる私を知らされる日でもあります。
お慈悲の中につつまれていることを知らされて、
いくつ歳を重ねても、私の命の芽が、生き生きと芽生えます。

お念仏喜ぶ日々を過ごさせていただきましょう。

南无阿弥陀仏

この文章は4月の寺報から転載しました。寺報のダウンロードはこちらから
写真は子ども向け伝道掲示板です。

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