われや先、人や先

あるご夫婦に、年回法要でご法話をさせていただいた時のことです。
お二人とも同じようにうなずきながら、
阿弥陀さまのお救いのお話を聞いてくださいました。

でも話しながら、
奥様のほうは普通に聞いておられるようでしたが、
ご主人は聞き方に力がこもっているように感じました。
何となくそれが伝わってくるのです。
別に質問をされたりはなかったのですが、
話が響いているのがわかりました。

ひょっとするとご主人はお身体が悪くて、
仏さまのお話も自分ごととして受け取られたのかも知れません。
「何かご質問はないですか?」と
こちらから聞けばよかったなあと思っています。

私がご法話をさせていただくときは、
できるだけ分かりやすく親しみやすく
話すようにしています。
でも何よりも大事なことは、
お聴聞されている皆さんが、
いかに「自分のこと」として
受けとめてくださるかではないでしょうか。

私たちは皆、無常の風が吹く中を生きています。
平凡な毎日を過ごしているようでも、
本当は自分が先か、あなたが先か、
一歩先はどうなるのかわからない毎日ですよ、
とお釈迦さまはお示しくださいました。

だから、いつ何時どのようなことがあっても
「あなたを救わずにはいられない」と、
私のふところに飛び込んで
「ナモアミダブツ」とお念仏の声となって、
ご一緒くださるのが阿弥陀如来さまですよ
とも、お釈迦さまはお教えくださいました。

思い通りにならず
苦しい人生の現実ではありますが、
阿弥陀さまは
「そんなあなたを必ず救う。救いとって決して離すことはないよ」
と、人生を共にしてくださいます。

目の前のことに振り回されるばかりの私たちですが、
自分のいのちの真実を見つめつつ、
私の口から出てくださるナモアミダブツのお念仏を
喜ばせていただきましょう。

上のお言葉は蓮如上人「白骨の御文章」より

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