有量の諸相ことごとく 光暁かむらぬものはなし
浄土真宗では
お念仏を喜ばせていただく人生を生きた人は
この世の命を終えると同時に阿弥陀さまの国
お浄土に生まれて仏とならせていただくと聞かせていただいています。
ですが阿弥陀如来さまのおはたらきは、命終のときだけにあるのではありません。
私たちは自分や周りの人の幸せを願って毎日を生きていると思います。
でも幼い頃からずっと目の前のことに振り回されて、
喜怒哀楽の波にもまれながら、毎日が過ぎていっているのではないでしょうか?
どちらに向かって生きているのか、
まるで夜の闇を迷いながら歩んでいるのが私たちです。
上のお言葉は、親鸞聖人作のお歌の一部です。
阿弥陀さまは量り知れない無限のはたらきの仏さまです。
それに対してこの私は全く限りある存在です。
そんな私たちを誰一人ももらすことなく光で照らし包んでくださるのです。
それを夜の闇を破る暁の光にたとえられています。
阿弥陀さまは私が生まれた時から、
私の幸せを願ってずっと光で照らし包みご一緒くださっています。
そして私の苦しみ悩みをご自分のこととしてくださいます。
でも私にはその光を見ることができません。
ですので阿弥陀さまは、ご自身のお名前にそのはたらきのすべてをこめてくださいました。
私の口から「ナモアミダブツ」のお念仏の声となって私によびかけてくださいます。
「その苦しみ悩みを私にまかせておくれ。私がいつも一緒だよ。
どうか安心して生き抜いておくれ」
とよびかけてくださっているのです。
お念仏の声の仏となって、私にどんなことがあっても、
阿弥陀さまが、いつもご一緒くださっています。で
すから私のいる今ここに、
阿弥陀さまはご一緒くださりはたらいてくださっているのです。
そしてこの世のご縁が尽きた時は
浄土の仏と生まれさせてくださるのです。
どうぞ皆さまご一緒に「ナモアミダブツ」のお念仏をお称えいたしましょう。
6月寺報より
